最高裁判所第一小法廷 昭和55年(行ツ)102号 判決 1981年1月22日
東京都台東区台東四丁目一一九番五号
上告人
株式会社 さたけビル
右代表者代表取締役
伊藤一郎
右訴訟代理人弁護士
下奥和孝
東京都台東区東上野五丁目五番一五号
被上告人
下谷税務署長
神保正夫
右指定代理人
鈴木実
右当事者間の東京高等裁判所昭和五四年(行コ)第二九号法人税更正処分取消等請求事件について、同裁判所が昭和五五年四月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。
よって、裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人下奥和孝の上告理由について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、本件償却費条項に基づく償却費相当額の実質は権利金ないし更新料の一種であり、これを当該各事業年度の益金に計上すべきものであるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(中村治朗 裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亮 裁判官 谷口正孝)
(昭和五五年(行ツ)第一〇二号 上告人 株式会社さたけビル)
上告代理人下奥和孝の上告理由
第一点 原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。
一、原判決は、本件償却費相当額はその実質において権利金ないし更新料の一種と解するのが相当であるとして、本件敷金ないし保証金の各一割相当額については本件賃貸借契約の成立時の属する事業年度の所得となり、またその後五年を経過した時点、一〇年を経過した時点において各一割五分相当額が上告人の所得となる旨を判断する。しかしながら1本件賃貸借契約の当事者間において本件償却費相当額を権利金ないし更新料とする旨の明示または黙示の合意は存在しないのみならず、当事者(賃借人)は同賃貸借の継続中いずれもこれを預託金として税務会計処理を行い原判決の判断とは異る意思ならびに認識を有している事実が認められる。また2本件償却請求権は、「本件賃貸借が終了したとき」というような期限、および「賃借人から解約申し入れをしたとき」(甲第一号証の三)、「賃借人の解約申し入れ、または賃借人の責に属する事由によって(賃貸借が)終了したとき」(甲第一号証の七)、「解約の申入れをしたとき」(甲第一号証の九)という一種の条件にかからしめられているとともに、いずれも賃貸借の終了にともなう清算金的性質のものとして約定されているが、期限付および条件付請求権は当該期限の到来および条件成就の日の属する事業年度の収益として計上するのが権利確定主義の帰結である。ところで3本件償却費は、「建物およびその附帯施設の用法に従って生ずる自然損耗その他の価値減少に対する補償で建物の使用に対する対価」たる性質を有するものであり、本件賃貸借契約の継続する期間に亘って毎年発生しそれぞれが当該年度の収益として計上され、また賃借人もそれに対応して当該金額を損金として毎年計上することを要するものであるが、賃貸借契約の終了時期を予め確定することができれば当該償却費総額を当該賃貸借の期間で除して得られる金額(年額)を各年度の収益として計上することも可能であるものゝ、当該賃貸借が現実に終了する時期を当該賃貸借契約の締結時において確定することは当該賃貸人および賃借人にとって困難なことであるため、結局、当額賃貸借の終了時において当該賃貸期間中の償却費を一括して賃借人から賃貸人に対して支払うこととするとともに、賃貸人はこれを当該年度の収益として計上することにしても違法ではないと思料される。そして本件償却費条項が賃貸借契約の終了時に差入敷金ないし保証金中から当該償却費を控除してその残額を賃借人に返還すると定めるのは、かように本件賃貸借契約の終了時に当該償却費請求権が確定することを意味し、かつそれを前提とするものである。
二、原判決は、本件償却費条項によると、上告人は差入敷金または保証金中本件償却費相当額については当該敷金または保証金の差入と同時に返還することを要せず、当該償却費相当額はこれを自由に使用処分しうるものであるとしてこれを権利金もしくは更新料と解するものである。しかし差入敷金または保証金の中、償却費相当額について返環を要するか否かが確定するのは前記期限の到来、もしくは条件成就の時であり、したがってその時に当該償却費相当額が上告人の所得となるものである。差入敷金または保証金はそれまでは飽迄敷金または保証金であって所得税の課税対象となりえないものであり、課税対象となるのは本件償却費であるから当該償却費が上告人の権利として確定する時期と内容(金額)が具体的に論定されなければならないのである。けだし差入敷金または保証金のうち本件償却費相当額がいかなる根拠により当該敷金または保証金差入れ時に上告人の所得となるであろうか。本件償却費条項(賃貸借契約当事者の合意)の効力により当該所得が発生するものでないことは当該償却費条項にかんがみて明らかであり、また敷金もしくは敷金の性質を有する保証金は賃貸借の終了時における同賃貸借に関する債権を担保するものであり、賃貸人はそれ以前に当該敷金を当該債権の支払に充当することを強制されるものではなく、また賃貸人の意思を離れてそのような充当がなされる法的根拠も存在しないのであるから、本件償却費条項が存在するからといって本件賃貸借契約成立の日に当該償却費相当額につき敷金もしくは保証金が減少するいわれは全くないといわなければならない。このことは本件賃貸借が五年または一〇年経過した時点においても同様であり、したがって当該敷金もしくは保証金が減少するとの前提に立って当該償却費相当額を権利金ないし更新料と解することは明らかに失当であり、かつそのほかに当該償却費を権利金ないし更新料と解すべき理由は存在しない。そもそも本件賃貸借契約成立時、または敷金もしくは保証金の差入時において何らかの所得が上告人に発生したと解することにそもそも問題があるといわなければならない。上告人には当該時点において実質的な収益は何等発生してはいないのであるから、経済的観察によっても当該時点において課税所得を認定することは不可能なことであり、所詮、実質課税の原則を誤解するものである。
三、原判決は、敷金もしくは保証金差入の有無によって本件償却費を権利金もしくは更新料と解するか否かの判断をするものであるが、本件償却費の性質が敷金もしくは保証金差入の有無によって左右されるいわれはないと思料される。原判決は上告人において本件敷金もしくは保証金を使用収益する事実に基いて本件償却費を権利金もしくは更新料と判断するもののようであるが、上告人が本件敷金もしくは保証金を使用収益するのは本件賃貸借契約における敷金もしくは保証金約定に基くものであって、本件償却費相当額について権利金もしくは更新料として使用収益するものでは決してないことは前記のとおり上告人の本件償却費相当額に関する会計処理に照らしても明白である。本件償却費条項が存在するからといって本件敷金または保証金のうち本件償却費相当額の性質が差入と同時に他の部分と当然に異るとする理由はないはずであり、そのためには本件償却費請求権が確定し、かつ敷金もしくは保証金をこれに充当することを要するものである。
以上いずれの論点よりするも原判決は違法であり、破棄されなければならない。 以上